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【金井 喜代子の生い立ち】
両親から「役立たず」と怒鳴られ叩かれて育ちました。でも私は、この「たたく・怒鳴る」両親から可愛がられたいと思って生まれてきました。

 

家庭内暴力の家族連鎖は、不幸が続きます。お母さんがした苦労を娘さんも結婚して同じ苦労を味わいます。そして、娘さんの子供も大きくなれば、おばあちゃんやお母さんが味わった似たような苦労をするのです。

 

不幸の連鎖を断ち切ることを追い求めて来ました。

 

不幸の連鎖を断切ることが出来たのか?

 

 

****ある日の告白****

 

 

「喜代子ちゃん、あんたは、赤ちゃんの頃から両親から殴られていたんや・・
だから、わしら夫婦があんたを守った。」

 

 

「あんたのおかあちゃんが、あんたを叩く時、
うちのがあんたの上のにかぶさってかばったんや・・
でも、あんたのおかあちゃんの勢いは止まらず、
うちのを叩いたんや・・・

 

 

そのときの痛さはとんでもない痛さやったと、うちのがいっていた。」

 

 

小学校の6年生ぐらいのときに、
私を可愛がってくれていた小父ちゃんから聞きました。
そのとき、私はどんな言葉を言ったのか覚えていません。

 

 

親から愛されない子供なのだと言うことが分かっただけで、
頭の中が真っ白になったような記憶があります。

 

 

 

 

私の両親は商売をしていました。
私は、幼稚園に上がる前から、両親とは別に、この小父さんと小母さんのお家で暮らしていました。
商売が忙しいから、子供を預けるところが無いからというのが、母から聞いていた話です。

 

 

 

親戚でもなんでもないご夫婦が、幼少の私を可愛がって育てて下さっていました。
私は、そこの小母さんに、なついていました。

 

 

小父さんの告白によって、小母さんと私の関係が一気に分かりました。
たまたま近所になった小父さんと小母さん、狂ったように幼児の私を
殴る母を見て、これでは可哀そう過ぎると、幼児の私を預かって、
育てる決心をされたのです。

 

 

私は10歳まで、小母さんと一緒に暮らして、一つのお布団で一緒にねていました。
父と母もいたのですが、私は小母さんとの生活しか覚えていません。

 

 

10歳のある日、小母さんは突然死にました。
ただただ悲しかったです。
亡くなった小母さんの枕元で、
これから自分はどうやって生きていけば良いのだろうと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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